森景子の原点

森景子の学生時代、ピアノに向かう様子

「君はなぜピアノを弾いてるのか。何のために弾いてるのか。これは常に考えないといけない。」

師である花岡千春先生から、いただいた言葉だ。

23歳の私には、その意味を理解できなかった。

毎日練習をし、ステージに立ち、レッスンをし、目の前のことに必死だったからだ。

それでも、その問いだけは、ずっと心の中に残り続けた。

「私は、なぜ音楽を続けているのだろう。」

その答えがわからないまま、時間だけが過ぎた。

ドイツ留学

ドイツではリートを学びながらも「ピアニスト」を職業とする選択は考えられなかった。

シュタイナー教育やオイリュトミーにも強く惹かれ、帰国後は子どもの音楽教育に向かった。

ダルクローズ・リトミックを長く学び、呼吸や身体と音楽の関係を探した。

保育園や地域施設で、乳幼児と保護者に音楽を届ける仕事もした。
ピアノ教室を続け、伴奏の仕事もした。

音楽から離れていたわけではない。


けれど、「私はピアニストだ」と、自分自身に言うことはできなかった。

長い時間を経て、自分のピアノと、自分の音楽に向き合える場所を持った。

それは、ただ練習するための部屋ではなかった。
私にとっては、長いあいだ遠ざけていた「ピアニストとして生きる」という選択を、もう一度自分に許す場所でもあった。

過去を振り返ると、その時々ではどこへ向かっているのか自分でも分かっていなかった。

でも今振り返ると、ずっと同じものを探していた気がする。

私にとってピアノを弾くとは、自分の呼吸を取り戻し、明日を生きるための道標なのである。

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